付き合いの判断基準を「気乗りがするかどうか」にしてみる

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【要約】
最低限のマナーは守るべきだけど、気乗りしない飲み会や誘いは行かない方が精神衛生上良い。一方で、変なしがらみに囚われて会いたい人と会えない、やりたいことが出来ない、というのはもったいない。なにかを決める時は自分の頭じゃなくて、心に聞いてみよう。

年末の忘年会シーズン、たくさん飲み会の誘いが来た。大学時代のゼミの忘年会、会社の懇親会、昔働いていたバイト先の飲み会。それ以外にも、グループ、個人ともにいくつもの誘い。

 

誘ってくれる人がいるのは本当に嬉しいことだけど、全部応じていたら時間もお金もなくなってしまう。特に個人の誘いについては「悪い人じゃないし、断るのもわるいな」って応じたくなってしまうことも多々あるけれど、自分の気乗りしない一切誘いには応じないことにした。そうしたら、自然と晴れやかな気持ちになっている自分に気がついた

 

「お金もったいないな」とか「前も断ってるし・・・」「せっかくの機会だから」と思っても、「あー、行きたくないな」ってちょっとでも思えばもう行かない。そんな気持ちで行っても相手も失礼だと思うし、その時間に会いたい人に会ったり、ジムに行ったり、勉強でもしていた方がよっぽど有意義。俺自身健康志向であまりお酒は嗜まない方だし、集団でワイワイするより少人数で話し込む方が好きなこともあって、飲み会にあまり行かなくなってから心の中を風がふわって通り抜けていくような心地よさを感じるようになった。

●心に余裕を持って生きる

時間の余裕、金銭の余裕はもちろん、精神的余裕も同じようにとても重要なことだと思う。乗り気がしないことをするのは、意外と疲れる。そういえば以前宇宙兄弟っていう漫画を読んで見つけたこの言葉も、心を行動するかしないかの判断基準にしなさいということを言っていて、つい手帖にメモしてしまっていたことを思い出した。

迷った時はね、どっちが正しいかなんて考えちゃダメ。頭で考えなきゃいいのよ。答えはもっと下。ほらムッタ、下げて、下げて。あなたのことならあなたの胸が知ってるもんよ。どっちが楽しいかで決めなさい。(宇宙兄弟

そうなんだよ。「あの人に迷惑がかかるから」「悪い人じゃないし」「みんな行くからなぁ」なんて頭でいくら考えたって、気乗りしないものは気乗りしない。精神衛生上不健康。もちろんそれで他の人に迷惑をかけていいなんて思っていないし、嫌な気持ちをさせることは良くないことだと思う。だから、断る時ほど極力丁寧に振る舞うようにしている。周りを見渡すと、毎回飲み会にくるわけではないけど、みんなに好かれる、そんな人はいないだろうか?そういう人を目標にするといいと思う。実際のところ、気持ちよいコミュニケーションさえ出来れば、誘いを断ったって思っているほど皆悪く感じない。

●「Facebookなんかなくたって、連絡したい人にはする」

この考え方は、グレグという友人から学んだ。彼はダイビングのツアーガイドをしていたときに同僚だったカナダ人だ。彼とは講習を通じて仲良くなって、夜に時々一緒にパブに行く仲になった。あるとき俺は「Facebookのアカウントを交換しようぜ!」と彼に提案した。

 

ところがグレグは「Facebookは今はもうやってないんだ。やめてしまった。現地の携帯以外なら、スカイプ(通話アプリ)を交換しておこう!」と言った。外国人でFacebookをやっていないなんて珍しいな、と思った俺は、「どうしてFacebookをやめてしまったんだい?」と聞いてみた。するとグレグはこういった。

 

「Facebookは人間関係が疲れるよね。実際、Facebookでだけ繋がっていて『お誕生日おめでとう!』って言わなきゃな、と思う人なんて、俺の人生にとってそんなに重要な人じゃない。以前は1000人以上Facebookでは繋がっていたけど、本当に誕生日を祝いたかったら直接プレゼントを渡すし、そんな人は10人か20人くらいだよ。みんないい人だし、もしかしてFacebookでの繋がりが将来何かの縁になるかもしれない。でも、本当に俺と会いたいと思ってくれている人は絶対直接電話なりLINEなり連絡をくれるし、俺からも連絡したく感じて同じことをする。そういう大事な人をしっかり大切にすればいいんじゃないかなって思うんだ。Facebookでだけ繋がっていて「お誕生日おめでとう!」って言わなきゃな、と思う人なんて、俺の人生にとってそんなに重要な人じゃないってことさ。Facebookを消してから、それを見ている時間や気を揉む時間を他の事に使えるようになって、気持ちよく過ごせるようになったよ。」

 

本当にその通りだと思う。気乗りのしない人間関係のために、画面に長い時間向かっていることを考えたら、その時間をもっと生き生きと生きるために活用した方が幸せだなと、と思わされた。確かに、本当に連絡をしたいヤツだったらFacebookなんてなくたって、連絡先を聞いて、連絡するしさ。

 

Facebookに対して文句を言いながら続けている人は沢山いるけど、こうやってスパッとやめて気持ちよく生き生きと生きているグレッグの考え方には本当感銘を受けたものだった。

 

このグレッグとの出来事があってから、ウォーレン・バフェット氏が言っていたことが何となくわかるようになった気がする。

“私ぐらいの年齢になると、愛してほしいと思っている人間のうちどれほどの人間に実際に愛してもらっているかどうかが、人生の成功の度合いを本当に測る物差しになる。 (ウォーレン・バフェット)”

俺は自分の人生は常に幸せに感じて生きたいから、付き合いたい人と付き合いたいし、気乗りしないことは極力したくない。これは人間関係だけでなく、何かをなすときも一緒。重要なことは変なしがらみやこだわりではなく、自分が好きな人たちに笑顔でいてもらうこと。そして自分が幸せに感じて生きられることじゃないかな。

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